【 日本におけるエイズの悲劇 】
1980年代初頭、アメリカで奇妙な病気が報告されました。先日まで健康な人が次々と原因不明の免疫不全症をおこすのです。さらに疫学調査の結果、その 病因は感染症の可能性が強く示唆されたのです。後にこの免疫不全症は『エイズ』と命名され、その原因は『HIV』と呼ばれるレトロウイルスです。
血友病とは生まれつき止血因子の一部を欠いている遺伝性の疾患で、治療には血液製剤が使用されています。その頃日本ではアメリカから多くの血液製剤を輸 入しています。アメリカにおける血液製剤の精製は、大型のタンクで行われる大量生産でした。それ故、HIV汚染血液の混入は多くの血液製剤の汚染を招く可 能性がありました。しかし、この時汚染血液のリスクに気づく人はいなかったのでしょうか。さらに、非加熱血液製剤のHIV感染のリスクが警告された後も、 日本では輸入非加熱製剤が使用され続けたのです。
そして悲劇は拡大しました。
【 アメリカの決断 】
1985年、アメリカの国立衛生研究所である会議が開かれていました。『小人症』の治療に用いられる成長ホルモンは、当時は死体の脳下垂体から抽出精製 されていたのです。それまでにアメリカでは約5万人の子どもたちが成長ホルモン治療を受けていました。ところが、この成長ホルモン治療を受けた若者2名が クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)を発症したのです。CJDとは聞きなれない病気ですが、狂牛病と同じプリオン病と考えられており、さまざまな脳神経 障害を起こして死に至る疾患です。通常若年者の発病はなく、この若者2名は成長ホルモン治療によって感染した可能性が疑われたのです。たった2名の感染の 疑惑で、成長ホルモン治療を中止するかどうかがこの会議の議題でした。そしてその決定は、「どこの国の製品であろうとアメリカにおける成長ホルモン治療は 即刻中止する」という内容です。
しかし、それでもなお現在までに約100名がそれまでに受けた成長ホルモン治療が原因と考えられるCJDを発症しました。(現在の成長ホルモン治療は、遺伝子組み換えによって精製された安全な成長ホルモンです)
【 日本人の権利と義務 】
決断の時期を誤まれば時として大きな悲劇につながります。人の命を預かる医療の現場では、その決断と実行は特に重要といえます。上述の内容は、日本の行 政や医療界の決断と実行の姿勢に問題がありそうです。ただ、これらは私たち一人一人にも見られる身近な問題ともいえます。とかく人は自分に甘く自分に都合 がよい見方をするものですね。当事者ではなく、周りで見ていると中立な判断を下しやすいことはよくあります。権利の主張と義務の履行は2つで1セット。私 たちは調和がとれていますか。ひとりひとりが自分の価値観を見直し、自分自身を見つけるインナートリップしてみませんか。