その10 2006年元旦

年末のあわただしさから開放されたように、空気は澄み切った静寂をとりもどし、ほほにあたる風に背筋がピンと伸びる。毎年繰り返される年の始まりも、 2006年の元旦は私にとって特別な年になりそうな予感がする。占いでは、中殺界の昨年は公私ともにろくなことがなかったが、今年は上昇の年に転じるらし い。2006年3月3日に奈良市朱雀にて中野司朗レディースクリニックを開業することは、私の人生の新たなスタートである。

これまで医師として私を育てていただいた先輩方、人生の転機に私をささえてくれた友人たち、これからはじまる私の志を共に歩んでくれる同志たち、年の初めにまずは感謝の気持ちを伝えたい。そして医師として、私を心の灯と頼ってくれる方々へのメッセージをこの場をかりて送りたい。

自分自身を振り返ってみると、医者はろくな人間ではない。確固たる目的意識もないまま、社会的地位と経済的安定の大義名分のもと医学部を選択し、勤務医時代には薬品メーカーの営業マンたち相手に無理をとおし、責任者は自分だとばかりに看護師たちには虚栄をはり、井の中の蛙とも知らぬままに多くの時間を費やした。そもそも医療そのものが傲慢である。台風や地震など、大自然の力にはなすすべもない人間、そして私たちの周りに存在するさまざまな生き物、小さな花をつけた道端の雑草やその花に集まる虫たちの素晴らしい造形と生きる仕組みでさえ理解できない私たちが、傷ついた生き物を「治す」と考えること自体に傲慢さがある。偉大な自然の力が治すのであって、医療はほんのちょっぴりだけ手をかす程度のことしかできない。高度先進医療。なんと傲慢な響きか。

患者さんたちには自己満足や世間知らずは通用しない。私を医師として、そして人間として育てていただいたのは患者さんたちである。いくら表向きは熱心に診療しても、心の声が「なんぎな患者さんだな」とか、「しんどいから早く終わって食事にしたいな」とかささやけば、例外なくその声は目の前の患者さんに伝わる。心のセンサーの感受性は思いのほか繊細である。逆に一見なんぎな患者さんでも、その方の言葉をしっかりと聞いて心から健康を願って向き合えば患者さ んの方から変わっていってくれる。そんな患者さんとは特に長く太く付き合っていける。

医師として本当の満足を覚える瞬間、それは患者さんの心からの「ありがとう」が届いた時。声にだそうとだすまいと、心に聞こえた瞬間である。私はもともと涙もろいたちであったが、弱音を吐けない立場上いつの頃からか感情の起伏を素直に出せなくなってきたが、その瞬間だけは目頭が熱くなる。開業後はそんな 機会も少なくなるかもしれないが、ひとつでも多くの「ありがとう」を聞けるよう、患者さんひとりひとりに全人的に向き合ってゆきたい。

2006年、はたしてどんな年になることやら。塞翁が馬。

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